秋の恵み
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いきなりですが、今月から埋蔵文化財の仕事に復帰しました。
不妊治療が進むにつれて仕事するのが億劫になり、一年半お休みしてい
たのです。久しぶりの発掘現場。あ~、土の匂いが落ち着くわ![]()
今まで声をかけてくださった現場はすべて、キャンセルしてきたのに『仕事
がしたい!』と言ったら、すぐにお仕事がいただけました。本当、嬉しいな。
もうあんだけ断ったら、私の事なんて忘れ去られてると思ってました。
今は治療の進み方と、体のリズムがだんだんわかってきたので、なんとか
がんばれそう。好きな発掘現場の仕事でお金がいただける、幸せな事です。
ちなみにうちの旦那さんとは、遺跡発掘現場で大学生の頃、知り合ったん
ですよ。雅楽のお稽古先を紹介してもらったのも、現場で知り合った方でし
た。お友達も沢山出来ました。そう言えば、にゃん太も現場で知り合った
奥様の家からやって来ました。
なんて、お手軽人生なんでしょう^^; 行動範囲の狭さに我ながらビックリ![]()
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今、行っている現場の写真は次にしますね~。
これは酒蔵跡の遺跡です![]()
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発掘仲間から送られてきた、珍しい水鳥埴輪の画像をアップ。この水鳥ちゃん
が出土したのは、先月の中旬にまで調査されていた但馬国最大の前方後円墳
である池田古墳です。
私は発掘調査で円筒埴輪しか見たことが無いので、うらやましいっ!しかし珍し
い埴輪が出土しても、池田古墳には主体部がないので今後、保存整備されるの
かまだわからないとの事でした。
先月の29日から、兵庫県考古博物館で速報展が始まっていて、そこでこの水鳥
埴輪も展示されてますので、お好きな方は是非。あ~、発掘現場が懐かしい![]()
古墳の詳しい概要は、こちらでご覧いただけます
http://www.hyogo-koukohaku.jp/excavation/
p6krdf00000000y8.html
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大型埴輪には全体に刻線が見受けられます。羽の部分の表現がリアルですね
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6日に、友達が発掘補助員として行っている、兵庫県三田市の大池ノ南
遺跡で、現地説明会が行なわれました。誘われていたのですが、用事が
あり行けませんでした![]()
この遺跡の周辺には、三田城跡や九鬼氏の三田陣屋跡などがあり、去
年に行われた、三田城跡の遺跡発掘に私も参加しました。
今回の大池ノ南遺跡の発掘では、三田藩の家老・白洲退蔵が住んでいた
武家屋敷の遺構が見つかりました。退蔵の孫は、戦後の占領期に活躍し
た実業家の白洲次郎。白洲家は代々、儒学者として三田藩主に仕えてい
たそうです。
この他の近世の遺構からは、焼物、金属製のかんざし、下駄、しゃもじ、
など、当時の生活用品が出土してます。
現地説明の案内→http://www.hyogo-koukohaku.jp/excavation/
5tpuaj00000047vn.html
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大池ノ南遺跡の写真はないので、去年行った三田城跡遺跡
で出土した堀と井戸の写真。
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昨日は以前、発掘現場で働いていた埋文関係者と、三の宮(神戸の
繁華街)で飲み会でした。みんな久しぶりに会うのに飲みだすと一緒
に働いていた時のノリになるのが、心地よかったな~。
そして、中世墓資料集成研究所から出版された本を、いただきました。
この本は、2年前に資料作成をお手伝いしていたものですが、本を見
るまで、お手伝いしていた事、すっかり忘れてました。
立派な本になっていて、びっくり。
2冊の本には、近畿2府4県の中世墓(石仏・石塔を含む)の資料等が
ガッツリ網羅されています。現存するものと、発掘で出土したものなど
あらゆる中世の墓の資料がこの2冊につまってます。私は兵庫県部分
の資料作製に、関わりました。
一般に発売されていなので、この本に興味のある方は、この本を監修
・発行してる、奈良の元興寺文化財研究所にお聞きすれば、よろしい
かと……![]()
季節はずれですが、春に行った造幣局の通り抜けのレポがやっと
出来ました。よろしければどうぞ~。
http://www.gem.hi-ho.ne.jp/sakuya/gagaku/text/text47.htm
(節分祭のレポも書きたいと思ってたのに億劫になってしまい、書くタイミングを完璧
に逃してしまったなぁ
)
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「墳墓遺跡及び葬送墓制研究の観点から見た中世」
中世墓資料集成 近畿編(1)(2)
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この遺跡は今から380年前程に、徳川家の大阪城の石垣に使わ
れた石の採掘場です。この採掘場は、兵庫県の西宮市から芦屋
市にかけて広がる、表六甲山系一帯に存在しています。この二つ
の市に、またがって採掘場は6つにグルーピングされていて、岩ヶ
平刻印群はその中の一つです。
大阪城と言えば、豊臣秀吉を連想する人が多いと思いますが
徳川時代になり秀忠により1620年に修復工事が行われ、近代
まで続きました。秀吉時代の初期の城とは違う、今の大阪城の
外観の大半をなす立派な城となりました。
採掘場には当時、いくつかの藩が動因されていたようで、大名ご
とに各藩、石採掘場が決まっていました。石垣に使われるはず
だった石には各藩の色々なマークが刻印されています。今でも、
大阪城の石垣にも、その名残を見る事が出来ます。
この岩ヶ平刻印群では、小浜藩京極家・鳥取藩池田家・松江藩
堀尾家・熊本藩加藤家・唐津藩寺沢家の五藩の刻印が確認され
ています。
範囲が広いので、まだ全体の調査は終わってませんが、この様な
遺跡は全国的にきちんと調査されていないのが現状です。その
意味で、貴重な歴史的資料とされています。
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写真上から、平成13年の発掘調査に参加した、岩ヶ平刻印群11
次地点の全景。2段目は、発掘調査風景。ちゃんと働いてます私。
3段目は、調査で発掘された刻印石。
一番下は、平成麓六荘にある個人の邸宅。決して、美術館では
ありません!岩ヶ平刻印群は芦屋の高級住宅街、麓六荘に点在
します。麓六荘と言えば、華麗なる一族。物語の人達が住んでい
た所です。庶民には程遠い、お屋敷が沢山あります。
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新婚旅行を決める時に旦那さんに、「死ぬまでに、見ておきたいものは?」
と質問してみたところ、「ピラミッド!あれは死ぬまでに見たい!!」と即
返事が返ってきました!おおっ、ピラミッドですか![]()
私も生ピラミッド見た~い、と言う事で、私たちの新婚旅行先はピラミッド
……じゃあなくて、エジプトに決まったのでした![]()
ツアー初日、エジプトに着いて一番最初に見た所が、カイロ郊外のギザ
地区でした。ちなみにエジプトの首都カイロは、漢字で書くと「該欧禄」と
書くそうです。。読めないっ![]()
ギザ地区は、【クフ王の第一ピラミッド】【カフラー王の第2ピラミッド】【メン
カフラー王の第3ピラミッド】、後もう一つ壊れかけの【第4ピラミッド】があり
ます。その中でも、ピラミッドの表面を覆っていた化粧石が残っている第2
ピラミッドが、最も美しいと言われています。
第3ピラミッドの内部は入って見学出来ます。玄室には、な~んも無かった
です。内部はただ狭く圧迫感があり、空気が生暖かく息苦しかっただけの
場所でした。ピラミッドは外見を眺めている方が、楽しいです……。
ピラミッドは危険防止の為、上まで登ってはいけないんですが、登ってと言
わんばかりに天に伸びていました。改めて生で見ると、この大きさは人間
業とは思えません。一体どれほどの石が積まれているのか。。。気が遠く
なります。
ピラミッドの手前には、王を守るスフィンクスがいます。元々、スフィンクス
には鼻とヒゲがあったのですが、偶像信仰をしないようにイスラム時代に
取られたそうです。
鼻とヒゲは今も無くて、ヒゲは大英博物館にあります。この鼻とヒゲがない
ちょっと間抜けな守護神は、19世紀まで砂に埋もれていたそうです。こん
な大きな物が砂に埋まるなんて……。考えられません。
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先週の日曜日は、兵庫県立考古博物館に用事があって、友人と行って
きました。去年の10月に出来たばったりの、出来立てホヤホヤの博物館
です。
この博物館では、「ときどきドキドキ体験」と言った色々な体験が、出来
ます。勾玉や石包丁を作ったり、復元された船に乗ったり石棺に入ったり
古代の衣装を着てみましょうコーナーもあります。
発掘作業が疑似的に体験出来る、「発掘広場」などもあり子供も退屈
しない、新しいスタイルの参加体験型博物館です。
博物館には、史跡である弥生時代集落跡の大中遺跡が隣接していて
「播磨大中古代の村」として、公開されています
【兵庫県立考古博物館http://www.hyogo-koukohaku.jp/】
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上:発掘体験コーナーと古代船
下:古代の服装と弥生時代のシャーマンの服装

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カンボジアに旅行して一番美しかったのが、このバンテア・スレイでした。
バンテア・スレイとは、スメール語で「女の砦」と言う意味を持つ寺院です。
アンコール王朝時代の遺跡ですが、周囲の遺跡よりこじんまりした遺跡。
しかし、アンコール遺跡の中でも群を抜いて、彫刻の造形美は洗礼され
優美である、と言われています。
デジカメの感度が悪くて、写真からは中々伝わりにくいと思いますけど。
縦に撮った写真はマニュアルで撮ってるので、まだマシかな……。
ハレーション起こしちゃってますが。
ここに行ったのは2001年でしたが、この遺跡の周りにはポルポト時代に
埋められた地雷がまだ残っていて、行動範囲はかなり制限された記憶
があります。
当時ここは、フランスと日本の大学が合同で、遺跡復元をしていました。
現地で雇ったガイドさんによると、つい最近まで立ち入りが禁止されてた
と、聞きました。寺院全体は、アンコール遺跡群によく見られるラテライト
や、紅色砂岩が多用されていて太陽に照らされた建物は、まるで燃えて
いる様に感じました。
中でも破風(はふ)装飾と言われる、独特な装飾は圧巻でした。因みに
破風とは建築用語で、切妻屋根や入母屋屋根の端に付けられた山形の
部分、又はその形を作る板の事を指します。
柔らかく模様が施しやすそうな紅色砂岩の質感は、ラクガンのようでした。
日本の石造美術とは違いますが、海外の石造美術もアップしていきます。
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発掘現場ではなく、遺跡や古墳など復元されている史跡もアップしていきたい
と思います。
今回は日本ではなく韓国の慶州にある、新羅時代の王や貴族の古墳群です。
この古墳群は、大陵苑と呼ばれ史跡公園として復元されています。
1973年に、大陵苑の皇南大塚と天馬塚が発掘調査され、金銀製装身具や
武器・馬具などの豪華絢爛な遺物が出土し、新羅文化の素晴らしさがわかる
古墳群となっています。特に天馬塚は、内部も復元され、出土遺物状況も見
れるようになっています。
この天馬塚の名前の由来は大量の遺物の中に、天駆ける天馬図を描いた
障泥があり、この遺物によって古墳を天馬塚と呼ばれるようになったそうです。
ここに行ったのは、大学一回生の時で今から大分経ちますが、遺物はエジプト
のツタンカーメンのマスクの次に印象に残ってます。とにかく金ぴかでインパクト
があって、しかも細部にわたって細工が素晴らしかったですね。
出土した遺物は国宝に指定されています。日本でも似たような遺物が出土し
ますがスケールが違いますもん。。。
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それにしても韓国、懐かしいな~。久しぶりに写真を見て、色々思い出しました。
一緒に行った友人が、向こうで知り合った学生に猛烈アタックされ、その男の子が
日本まで追いかけてきた事とか。そのアタック振りはストーカー並みやった。
若いってすごい。
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