石造美術

難波橋のライオン

石造美術とは言いがたいかもしれませんが、石で出来ているのでこちらに
アップしておきます。

以前、大阪市内の中ノ島公会堂辺りで道に迷った時、偶然見つけた石造の
ライオン。難波橋という橋の出入り口、左右にいる阿吽の像です。この橋に
ついてネットで検索すると難波橋は、通称「ライオン橋」と言われているそうで
す。さもありなんcatface

橋にいるのに、神社の狛犬のように対で阿吽になってる、このライオン君。
なんなの?姿勢も座ってるのと、立ち上がろうとしている姿勢。こりゃ、まさに
狛犬です。

この橋や橋がかかる川が、神聖な物なのかな?この辺りは大阪天満宮の
氏子地域で、すぐ側には天神祭りの神事で使われる船が、川に下りる場所
がありますし。「菅原」という地名
もそばにある……。

なんて色々考えてたら、詳しい説明はこちらにありましたcoldsweats01
http://www.osaka-info.jp/jp/search/detail/sightseeing_3155.html

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奈良・京都もいいですが最近、大阪の神社仏閣や歴史に興味
が出てきました。ただ、先の大戦で大空襲を受け、焼けて新しく
なってるのが残念。「大大阪」という言葉にも、なんか惹かれるup

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水天供養塔

山口県にある赤間神社は、源平の激戦が行われた壇ノ浦を望む
高台に鎮座しています。壇ノ浦の合戦の際に合戦に敗れ、わずか
8歳で関門海峡に入水された、安徳天皇をお祀りしています。

こちらの神社のシンボル「水天門」は、安徳天皇と一緒に入水した
祖母二位の尼の「海の中にも都はある」というい願いを、映したもの
といわれています。

本物の竜宮城は見たこと無いけど、竜宮城のイメージそのままです。
海の中にある竜宮城の様な造りはとても鮮やかで、空に映えてました。
鮮やかな美朱色のお宮は、美しかったです。そして、こちらから関門
海峡を望む景色は、最高です。

お宮には水天供養塔という、十三重の宝塔が三基あります。国内で
海難及び水難した水没者の供養の為に、昭和25年に第二次世界
大戦中の水没者を供養するのに建てられたものです。

入水して若くして命を絶った、安徳天皇が水天皇・水天宮と言われ
る事から、亡くなった人達の魂が、安らかに水天皇の膝元に冥りに
なる様にとの願いが、込められています。

この十三重の宝塔は戦後に造られた物なので、石造美術としては
価値は低いものです。しかし、現代に建てられたこの様な物を見ると
不本意に亡くなった人々に対する気持ちは、今も昔も変わらないん
だな、と感じます。。

お墓とは違い、ここには誰もいないんですけどね……。残された人々
の祈りが、この塔に沢山込められています。

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一番下は、平家物語の絵馬.。
安徳天皇と一緒に入水した祖母二位の尼の入水場面。

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該欧禄

新婚旅行を決める時に旦那さんに、「死ぬまでに、見ておきたいものは?」
と質問してみたところ、「ピラミッド!あれは死ぬまでに見たい!!」と即
返事が返ってきました!おおっ、ピラミッドですかup

私も生ピラミッド見た~い、と言う事で、私たちの新婚旅行先はピラミッド
……じゃあなくて、エジプトに決まったのでしたairplane

ツアー初日、エジプトに着いて一番最初に見た所が、カイロ郊外のギザ
地区でした。ちなみにエジプトの首都カイロは、
漢字で書くと「該欧禄」と
書くそうです。。読めないっhappy02

ギザ地区は、【クフ王の第一ピラミッド】【カフラー王の第2ピラミッド】【メン
カフラー王の第3ピラミッド】、後もう一つ壊れかけの【第4ピラミッド】があり
ます。その中でも、ピラミッドの表面を覆っていた化粧石が残っている第2
ピラミッドが、最も美しいと言われています。

第3ピラミッドの内部は入って見学出来ます。玄室には、な~んも無かった
です。内部はただ狭く圧迫感があり、空気が生暖かく息苦しかっただけの
場所でした。ピラミッドは外見を眺めている方が、楽しいです……。

ピラミッドは危険防止の為、上まで登ってはいけないんですが、登ってと言
わん
ばかりに天に伸びていました。改めて生で見ると、この大きさは人間
業とは思えません。一体どれほどの石が積まれているのか。。。
気が遠く
なります。

ピラミッドの手前には、王を守るスフィンクスがいます。元々、スフィンクス
には鼻とヒゲがあったのですが、偶像信仰をしないようにイスラム時代に
取られたそうです。

鼻とヒゲは今も無くて、ヒゲは大英博物館にあります。この鼻とヒゲがない
ちょっと間抜けな守護神は、19世紀まで砂に埋もれていたそうです。こん
な大きな物が砂に埋まるなんて……。考えられません。

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破風装飾

カンボジアに旅行して一番美しかったのが、このバンテア・スレイでした。

バンテア・スレイとは、スメール語で「女の砦」と
言う意味を持つ寺院です。
アンコール王朝時代の遺跡ですが、周囲の遺跡よりこじんまりした遺跡。
しかし、アンコール遺跡の中でも群を抜いて、彫刻の造形美は洗礼され
優美である、と言われています。

デジカメの感度が悪くて、写真からは中々伝わりにくいと思いますけど。
縦に撮った写真はマニュアルで撮ってるので、まだマシかな……。
ハレーション起こしちゃってますが。

ここに行ったのは2001年でしたが、この遺跡の周りにはポルポト時代に
埋め
られた地雷がまだ残っていて、行動範囲はかなり制限された記憶
があります。

当時ここは、フランスと日本の大学が合同で、遺跡復元をしていました。
現地で雇ったガイドさんによると、つい最近まで立ち入りが禁止されてた
と、
聞きました。寺院全体は、アンコール遺跡群によく見られるラテライト
や、紅色砂岩が多用されていて太陽に照らされた建物は、まるで燃えて
いる様に感じました。

中でも破風(はふ)装飾と言われる、独特な装飾は圧巻でした。因みに
破風とは建築用語で、切妻屋根や入母屋屋根の端に付けられた山形の
部分、又はその形を作る板の事を指します。

柔らかく模様が施しやすそうな紅色砂岩の質感は、ラクガンのようでした。

日本の石造美術とは違いますが、海外の石造美術もアップしていきます。

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十三重石塔

兵庫県の西脇にある西林寺の十三重の塔です。柏谷山西林寺は
白雉2年( 651)法道仙人によって開かれた寺と、伝えられています。

平安時代中期に天台宗の僧、恵心僧都(942-1017)により中興され
東向き観音の霊場として信仰を集めてきた古刹です。
http://www.sairinji.com/西林寺HPから】

西林寺の十三重の石塔は、江戸時代中期に作られた層塔です。
台座には仏さまが四方に刻まれています。仏様は雨風にさらされ
かなり磨耗していました。

この十三重の石塔は珍しい物ではないのですが、こちらのお寺には
唐子つばきといわれる、樹齢約200年と推定される古木があります。
これは、県の天然記念物に指定されています。

訪れた時ちょうどこの椿が満開で、とても綺麗でした。濃紅色で唐子咲き
といわれるおしべで、とてもめずらしい椿です。

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蜘蛛灯篭

京都、東向観音寺の五輪供養塔である忌明塔と、蜘蛛塚の蜘蛛灯篭です。
このお寺は、北野天満宮の神宮寺として栄え、本尊の十一面観世音菩薩は
菅原道真公御作と伝えられています。

本堂は京都市の文化財に指定されていて、境内には道真公の御母君の墓と
伝えられる巨大な忌明塔や、源頼光の土蜘蛛退治の説話を伝える蜘蛛塚が
残っています。【
蜘蛛塚についてhttp://www.kyototsuu.jp/Life/LegendKumoduka.html

北野天満宮の参道脇にある小さなお寺ですが、2メートルを超える巨大な
忌明塔は迫力が満点ですし、蜘蛛塚の「土蜘蛛退治」話は不気味でやけど
そんな伝説もあったなぁ、懐かしく思い出しました。そういえば能に『土蜘蛛』
ってありますよね。

蜘蛛塚は、現在京都で上品蓮台寺の墓所と、この東向観音寺に残っている
そうですよ。今は蜘蛛塚があったところは明治年間に発掘され、後に灯篭が
置かれ蜘蛛灯篭とよばれています。しかし、こんな曰くつきの塚をよく発掘した
と思います。変なモノが出土しなくて良かったですね~。考古学者は、性質上
すぐ中身を確認したがるのよね…。。

忌明塔は天満宮内の伴氏神社にあったのを、明治時代にこちらに移したそう
です。神仏分離とかの影響で、この五輪塔はこちらのお寺に移されたんでしょう。
蜘蛛灯篭の周りには、五輪塔や
宝篋印塔らしき物が並んでました。もっと近くで
見たかったのですが、柵があって遠くからしか見れませんでした。

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上から東向観音寺の正面・五輪供養塔「忌明塔」・蜘蛛灯籠(祠に入っているのがそうです)

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成れの果て

兵庫県のとある高校にある井戸です。詳しい時代はわかりま
せんが、中世の一石五輪塔を
江戸時代に井戸枠用として、
転用された井戸です。
この高校は小高い山の上にあって昔は
墓地だったそうです。
今でも、お墓って小高い見晴らしのいい
場所にありますよね、、

後に、小高い見晴らしのいい場所には、三田城というお城が
構築されました。そして、お城の中に井戸を作る時、お墓の
一石五輪塔は井戸枠に使われたという事です。時代が変わ
れば、人々の意識も変わるんです。

この井戸には、色々噂があります。生徒が井戸から白いもの
が立ち昇ってくるのを見た、とか井戸のそばで生徒が意識を
失って倒れていたとか。。今でも、お払いしているそうです。。

現在は使われておらず、緑の金網が張ってあり下までわかり
ませんが、井戸の実測図を見た限りでは、下までぎっちり一石
五輪塔が積んでありました。保存状態も良さそうです。

でも井戸って、ただでさえちょっと気持ち悪いのに、お墓の石材
で出来てる井戸って。五輪塔の有り難味ないよ~。一石五輪塔
の成れの果て、ある意味墓場?

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